早期退職後の2年9ヶ月を振り返って

早期退職3年目の年の瀬を迎えて(2012.12.31)

 おはようございます。いよいよ2012年最後の日です。今年1年、たまたま検索で見つけて読んでくれた方、ありがとうございました。

 ブログでは日々思ったことを書き散らして、まとまりのない状態ですが、それらをジャンル別にまとめ直した「父子家庭、早期退職者の生活設計」というサイトも運営していますので、こちらも併せて、来年もよろしくお願いいたします。

 今年は12月になって政権交代が行われ、2013年以降の動きが俄に活発になり、注目されるようになってきました。その中で私自身は4月から年金暮らしが始まります。

 振り返れば、妻の突然の病死から始まって、息子の高校受験と共に、私自身の体調不良が激しくなり、このままでは生計維持どころか精神的に病んでしまうと予測し、将来の経済的なシミュレーションを何回も行い、結局息子の高校入学と共に早期退職

 早期退職時の晴れやかな気持ち、精神的な重圧感からの開放感は、それまで如何に大きなプレッシャーの元に働いていたかと言うことを再認識させられました。

 早期退職後の4月1日。朝起きると当たり前ですが、家の前の道を通勤で急ぐ人がいます。それを横目で見ながら開放感に浸ると共に、ちょっとだけ「働かない」という罪悪感もありました。

 しかし幸か不幸か非常勤講師の仕事が見つかり、出来る範囲で働く、という満足感と、まったく働かない事による罪悪感は逃れることが出来ました。

 後はいかに健全な日常生活を送り、将来の財政に破綻がないように過ごすかと言うことと、息子がなんとか無事に高校を卒業し、出来れば大学に合格できるような環境を整える、というのが私のこの3年間の使命かなと感じてきました。

 4月からの生活は、朝は息子より前に起きて弁当作り。さらに午前中はこういったブログを書いたり、洗濯掃除、非常勤講師の仕事で費やされ、昼は買い物を兼ねて外食という生活が続きましたが、今年になってからは生活防衛のために、外食も1食あたりの価格を下げ、また出来るだけ家で食べるようにしています。

 買い物後の午後は、自由時間と決めて、散歩をしたり読書をしたり、家庭菜園の世話をしたりしているとあっと言う間に夕方になり、今度は夕食準備。軽く飲みながら食事の用意をして、息子の帰りを待ちます。父親役と母親役の両方をやっているような意識がありました。

 最初は買ってすぐ食べられる刺身や、焼いてすぐ食べられる干物、肉類等のおかずが多かったように思いますが、徐々に料理のレパートリーも増え、それと共に食費もコストダウン。

 一方でさらなる無駄を省くために公共料金を徹底的に見直し、それと共に将来の年金暮らしのシミュレーションをエクセルで繰り返し修正しながら、老後のプランを考えてきました。

 早期退職直後は、開放感と共に、果たして年金をもらえるまでの3年間を予定通りの出費で乗り切れるかどうか、と言うのが心配の一つで、もう一つが3年間は長いなあ、という思いでした。

 しかし正規定年まで後約3ヶ月と言うところまで来て、振り返ってみれば早かったなあという気がしますし、赤字続きの家計ですが、その赤字は当初想定したよりも少なかったように思います。

 その理由はもちろん家計簿をつけて毎月のように家計を見直してきたこともありますが、もう一つ高校授業料無償化の恩恵や、市からの一人親支援金等の影響も大きかったと思います。

 その意味では日本は、真面目に働いて来れれば公的扶助はかなり充実しているなと言う印象を持つようになりました。年の瀬にあって、早期退職せざるを得ない方も増えていると聞きます。その方達の将来計画に少しでも役に立つよう、来年もいろいろと自身で勉強しながら、このブログでまとめていきたいと思います。

 今年1年ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。


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