無茶が許されない老後の体

たらふく食べて酩酊するまで飲んでみたいという欲求(2016.8.11)

 私の旅行経験は、子供の頃両親に連れられて、12時間ぐらいかけて、東京から石川県まで帰省したことが一番古い記憶みたいです。窓から蒸気機関車のすすが入ってきたリ、山の中を走るときの風が爽快だったり、新潟と富山の県境にある親知らずの海の景色が素晴らしかったりといった記憶があります。

 その後高校から大学時代には自力で帰省するようになり、そういった経験を通して旅行の楽しさを覚え、大学時代は日本全国の観光地をユースホステル等を利用して見て回りました。

 さらに就職後は、多少金銭的に余裕もでき、車の運転免許も取得。好きな時間に好きな場所に行けるという自由度は最高で、その時の感覚は今の海外旅行にも受け継がれていると思います。

 旅行先では、もともとアルコールは結構好きだったので、宿泊した安いビジネスホテルでもらう付近の地図みたいなものを利用して、地元の店でおいしいものを食べるというのも楽しみでした。(今のようにネットで調べて有名店に行くなんてことは出来ない時代です)

 特に海の景色や海産物が好きなので、どうしても夜は居酒屋に向かうことが多くなり、つまみを数品食べて最後に主食を少しというパターンばっかり。その間ビールや焼酎を飲み続けるので、夜の食事代が結構必要でした。

 40代になってハワイ旅行にも行くようになり、さわやかな天気の元で飲むビールは最高なんて思いながら、1日で缶ビールを5〜6本消費することも珍しくなかったです。

 ところが、50代になると、やはり肝臓の解毒力が低下するのか、ちょっと飲み過ぎると深夜の酔い覚めがつらいなと感じることが増えました。やはり年齢には勝てないなと思いつつ、ずるずると飲酒量は低下。

 若い時はビールの大瓶を2本飲んで、それからウイスキーや焼酎を飲んで騒いでいたのに、最近は缶ビールでも3本ほど飲むと体調悪化を顕著に感じるようになりました。

 同時に食事量も激減。ご飯をこれでもかというぐらい食べていたのに、今回のバンコク旅行で食べた夕食の大半は、中ぐらいの皿に盛りつけられた野菜炒めとご飯一杯でちょうどよいぐらい。

 アルコールのためと思い、これにちょっとしたつまみをつけると、もう食べ過ぎだぞという信号が胃のあたりからくるようになりました。食事量、アルコール量がこんなに変化するもんだとは全く思っていなかっただけに、ちょっと悲しい部分もあります。

 特に一人旅の場合は、食事量が減ると、食べられるおかずの種類も減らさざるを得ません。あれもこれも食べたいと思いつつ、食べられるのは1品だけという選択を迫られることになります。

 その意味では、様々な食材がほんの少しずつ出てくるような日本の懐石料理は、日本人の高齢者の胃にも優しい料理だったんだなと改めて感じます。

 ただし食事量が減って、やせ細って不健康になったというわけでもなさそうで、むしろ働き盛りで仕事をしていたころの方が、ストレスもあったのか、飲み過ぎ食べ過ぎだったような気もします。

 ここ数年の血液検査結果の数値を見ても、30代の頃より明らかに数値は良くなっています。要精密検査みたいな指示もほとんどなくなり、悪くて経過観察と言うことになっています。

 とはいうものの、たまには酩酊状態に陥るぐらい飲んで、無茶苦茶食べてみたいという欲求にかられることもあり、人間の精神的な欲は物理的な体力をはるかに越えているなと感じることが多くなりました。

 これが老化と言うものなのかもしれませんが、欲があるうちは、まだ生きていこうという意欲が豊富にあるからだと思っています。


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