好きなことはやれますが

肩書きを持たず、ひとりで生活していくということは(2015.5.30)

 早期退職をしようと決めた頃、同時に将来の家計費のシミュレーションを行い、早期退職後まったく働かなくても、生活費をぎりぎり節約し、年金を受給できる65歳までに貯金でもたせれば、なんとか家計は破綻しないということが分かりました。

 つまり働かない場合、65歳で貯金はほぼゼロになる可能性もあるけれど、それ以降の一人暮らしなら、年金だけでなんとか生活だけは維持できそうという予想です。このシミュレーションによって、早期退職の決断が出来たといえます。

 実際にはその後非常勤講師の仕事や、ネットからの副収入も得られていますので、予想したよりもかなり家計は楽で、何回も書いているように、上記の仕事や副収入で気楽に海外旅行も楽しめる環境になっています。

 一方、前頁に書いたように、退職後はすべてが自己責任、自己管理の世界になり、自分という人間の他者からの評価は、肩書きではなく人間性そのものになるという意識がありました。

 つまり非常勤講師の仕事やネットから得られる副収入の総額が、今現在の自分の金銭的価値を表しているということです。

 さらに具体的に言えば、この6年間で、こういった年間の収入は、両者を合わせて100〜200万程度になっていますので、それが退職後の私の年収から見るステータスだといえそうです。

 大変少ない額で悲しくなる部分もありますが、それでもまったく後ろ盾の無い状態で、一人の人間として自力でこういった収入を生み出せたという自負も若干あります。

 フルタイム勤務時は、公務員でしたから、極端なことを言えば、徹底的にサボっても、同じ年齢の人とほぼ同額の給料がもらえました。

 だからと言ってサボりまくるような人は、少なくとも私の身の回りにはいませんでした。ただそういった役職で得られたお金は、地方公務員という肩書きがついているわけで、それなりのステータスも社会的に認知されていたのだと思います。

 退職後に実はクレジットカードで旅行用のゴールドカードを申請したことがあるのですが、仕事に「非常勤講師」と書いて、教員としての勤務年数は35年ぐらいあったのに、非常勤講師は1年契約なので、正直に1年と書いたら、見事に落とされました。

 「なるほど、これが一般社会の非常勤講師に対する評価なんだ」と改めて思いましたが、肩書き無しで勝負するということは、そういうことなんだなとちょっと目が覚めた思いでした。

 というわけで、結論は特に無いのですが、退職したらそれこそ、それまでに培ってきた経験や知識を総動員して、自分ひとりの力で必要に応じて収入を確保するしかないということです。

 ブログを書いていて、時々コンピューターの動作不良に直面することもありますが、基本的に組織に属していない場合、その解決方法は気軽に同僚に聞くということは出来ません。

 独力で、ネットの情報を探したり、本屋さんでコンピュータ関係の本を読んだりしながら少しずつ知識を増やし解決することが必要なわけで、何をやるにしても自己責任だという意識がより強くなりました。


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