昔の政治意識からの転換を

誰もがそこそこ満足できる社会(2017.1.9)

 かつて1億総中流という言葉がはやったことがあります。誰もが自分の生活程度が中ぐらいであると自信をもって言えた時代で、今ウィキペディアで調べてみたら、どうやらこの言葉が定着していたのは1970年代以降(昭和45年)のようです。

 私が就職したのは1970年の終わり頃ですが、この時期は団塊の世代が台頭する時期ですね。つまり私も含めてほとんどの人が、この時期の俺は中流だ、恵まれている、という意識を持っていたのだと思います。

 この時期は日本中がバブル景気に踊らされていた頃です。私も公務員の薄給を嘆きつつ、毎年順調に上がる給料を楽しんでいました。生活が心底苦しいと思った時期はほとんどなかったように思います。

 ところがバブルがはじけて1990年代に入ると世の中は徐々に暗くなって行きます。生活はじわりじわりと締め付けられ、年金が足りないという問題が起き、誰もが少しずつ将来に備えて消費を抑え、貯蓄に視点を移すようになりました。

 そのため浪費が減り、堅実な労働者が増えたものの、同時に浪費経済は行き詰まり、日本は急激な少子高齢化の道を突っ走り始めました。さらに1億総中流と言って喜んでいた人の中に、下流老人と呼ばれる人も生まれてきました。

 そして今やいくら安倍政権が手を変え品を変え、誰もが働いて金を儲けて消費(浪費)をしましょうと笛を吹いても、ほとんどの人が冷淡に「人は人、私は私で生活防衛をしないと」と考え始めているように思います。

 1億総中流と思っている人が多かったころは、誰もが手と手を取り合って、良い車を買って、大きな家に住んで、家族を養い、休日には家族であちこち旅行に出かけるというような消費経済を夢見ていたような気がしますが、あれから30年ぐらいで世の中の雰囲気はつくづく暗くなったなあと思います。

 そんな中私は、中流よりちょっと上を目指す生活をしたいなと思っています。だいたい高速道を走るとき私はいつも105〜110kmで走ることが多いです。

 この速度だとびゅ〜んと抜かれることはあっても、適度に遅い車を抜かすことができ、イライラすることは少ないです。生活レベルも、年収は少ないものの、家も含めた総資産で考えればまあ何とか中のちょっと上かという意識があります。

 そういう意識があると、今以上の大きな資産を無理して作る必要はないなと思います。要するに毎日食べて行けるだけのそこそこの資産があるわけです。

 こういった意識の人が増えれば、他人に対する妬みや中傷は激減するはずで、落ち着いた社会が生まれるのではと思っています。

 という事は、実は1億総中流という意識は社会の安定と発展に大きな役割があったと言えそうです。一方現状では様々な援助や手立てを講じて、なんとか消費を上向かせようとしているわけですが、つぎ込めばつぎ込む程財政は苦しくなり、徐々にばくち的要素の強い政策が増えてきたなという感じもします。

 要は誰もが、まあこの程度の生活が維持できるならまずまずだと思えるような社会に出来るかが問題なのかなという気はします。その意味では団塊の世代でバブルの頃の経済に恋い焦がれて、それを追い求める政治家はもう考え方が古いと自己認識し、新しい考え方をする政治家に変わってもいいのではという気がします。


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