カリカリするより、お気楽に生きた方が

2017.3.6

 トランプ大統領は就任以来自分が主張してきたことを実行しようと四苦八苦しているようですが、やはりアメリカは巨大組織なのか、いう事なすことすべてにブレーキがかかり、かなり欲求不満になっているように見えます。

 結局一人の力だけでは大きな組織はなかなか動かないという事ですね。スペースシャトルがエンジンだけを磨きあげて宇宙に飛び立とうとしても、そのエンジンに接続している様々な部品が脆弱だったり、時には接続部分が緩かったりすれば、飛び上がった瞬間に空中分解しそうです。

 そうならないために、「行くぞ」とコックピットで檄を飛ばしているのがトランプ大統領かなと思いますが、いやまだちょっとエンジン点火は早いのではとか、ロケットの向きがちょっととか、まあそれぞれの立場からいろいろな人が不安を口にして、エンジン点火はしたものの、なかなか一気に噴射というわけにはいかないんだろうなと思います。

 しかしそれでも良きにつけ悪しきにつけ何かをやろうとしていることは伝わってきます。またそのやろうとしている内容を全米の半数近い人が支持しているというのもすごいなと思います。

 そう思って日本に目を転じると、国会では森友学園の国有地払い下げ問題がクローズアップされています。まあ国有地が信じられないほど安い値段で払い下げられ、そこにどうやら政治家の姿が見え隠れするので、野党が躍起になって追及するのもわかる気がします。

 しかしニュースを見ると、そればっかりという内容が目立ちます。日本のテレビニュースはいったいどうしちゃったんだろう、まるで3流ゴシップ週刊誌のように、細かいことをあげつらっているように思えます。

 さらに事実関係を明らかにするために物知り顔のコメンテーターが、持っている知識を小出しにしてひけらかして満足感に浸っているようにも見えます。

 さらにさらにそういったコメントをさも重大なコメントであるかのように司会者が持ち上げ、最後は「いったいどうなるんでしょうか?」と無責任な言葉で締めくくっていることが多いです。

 北朝鮮の問題もそうですね。毎日毎日女性二人に被害者が襲われるシーンを垂れ流し、その時周りにいた人は何をしていたか、どういう意図があったのかと憶測と推測で番組作りをしているように思えます。

 まあ視聴者側も、国有地の格安払い下げは問題だとか、北朝鮮問題は恐ろしいという意識がありますから、多少なりとも関心があるわけですが、所詮自分の人生とは関係しない出来事だと思っているのだと思います。

 その意味では多少無責任なコメントであっても許されてしまうし、何を言おうが日本国内ではたいして社会的な問題にならないので、安心して報道できるという側面があるのかもしれません。

 それにしても、今テレビで流されているニュースの大半は、自分の生活とはほとんどリンクしないのも実に不思議です。今年の国家予算、国の借金、年金、少子高齢化、医療崩壊、貧困化等々、もし掘り下げるなら話題に事欠かないと思うのですが、すべてスルーされている気がします。

 もしかしたらニュースの内容、質に対して国家的な統制が始まっているのかなという不安も覚えますが、まさかなという気もします。それともマスコミ側で先回りをして、これは報道しない方が良いといった動きがあるのでしょうか。

 まあこういったことに疑問を抱いてはいけないのかもしれませんね。おとなしく静かに「トランプさん、やりすぎだよ」とテレビの前でつぶやき、いくら何でもその価格で国有地の払い下げはないんじゃない、と怒るポーズをテレビの前で作ってみたり、というのが庶民の無難な生活なのかもしれません。

 でもなあ、そんなぬくぬくとした生活環境に甘んじていられるだけの余裕が今の日本にあるのかなという気がしてしょうがないです。

 何がきっかけになるか分かりませんが、なんだか政治、経済、福祉、医療、教育といった分野が、今は持ちこたえているものの、実は非常に危ういバランスで何とか均衡を保っているという気がします。

 東日本大震災は悲惨でしたが、あのクラス以下の地震であっても、それが致命的な場所に起きれば、連鎖反応で日本のシステムそのものが崩壊するのではという危惧を感じます。

 さてどうなるのか?起きる可能性があることは、必ず起きるというのがマーフィーの法則みたいです。ただ面白いのはそれがいつなのかは分からない。だからお気楽に生きたほうが良いというのも一つの生き方ですね。


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