少子高齢化でお墓だけが増加

お墓の必要性と維持管理(2014.9.27)

 6時に起きて、いつものウォーキングコースへ。空を見上げれば秋空特有の高積雲が見えていて、湿度も低くさっぱりとした天気です。

 この天気だと皆さん出かける人も多いんだろうなと思いましたが、すでに関越道は渋滞が始まっていました。高坂SA近辺です。

 それを横目で見ながら歩いていると、しおれ始めた赤い彼岸花が目に付きます。我が家から車で40分ぐらいのところに「巾着田」と呼ばれる彼岸花の景勝地があるのですが、そろそろ時期も終わりかもしれません。

 それにしてもこの彼岸花、毎年きちんと9月20日ぐらいに咲き始め、10月が近くなるといつの間にか消えていく、実にお彼岸にふさわしい花だなと感じます。

 この花を見ると、「そろそろお墓参りに行かないといけないな」という気持ちになり、先日の飛び石4連休の谷間の月曜日に、我が家から車で30分ぐらいのところにあるお墓に行ってきました。

 前回は6月ぐらいだったと記憶しています。途中の農協で故人が好きだった色の花を買い、墓の前に行くと、いつの間にか墓と墓の間から伸びたツタがキンモクセイ等の樹木に絡まっていて、先ずはこれを引きちぎります。

 続いて枝の剪定を行い、一息ついたところでも持ってきた花をたむけ、線香に火をつけ、ちょっとだけ目を瞑ってお祈り。

 ちょうど時期が時期なので、周りのお墓にもきれいな花が飾られています。しかし中には、ここ数年間誰も来ていないと思われるお墓もあります。

 実は私自身祖父祖母が石川県にいましたので、その人たちの墓が石川県にあります。この墓の扱いがなかなか面倒で、これまでは親戚のおじさんが多少面倒をみてくれていたようですが、その方が今年亡くなってしまい、誰も世話する人がいなくなってしまいました。

 今年の夏に石川県まで行き、お墓の様子を見てきましたが、我が家だけでなく、周囲のお墓も無縁仏となっているようなところが多くみられ、これまた地方の過疎化と少子高齢化の影響だなと感じました。

 そう思ってあらためて自分はどうするんだろう?と考えると、そもそも「本当に墓なんて必要なんだろうか?」という根本的な疑問も感じてしまいます。

 私は妻の他界をきっかけにして体調不良に陥り早期退職をしましたが、妻の遺骨の半分はお墓、4分の1は妻の実家、さらに4分の1はハワイの海に散骨をしました。

 結局墓というものの存在は先祖を敬うための一種の象徴として存在するだけのような気もします。要は残された人の気持ちの表れということなのかもしれませんが、何代にも渡ってその墓を維持管理して行くのは、今の日本というか少子高齢化の日本では大変な問題になりそうです。

 結果的に空き家もそうですが、日本各地に使われなくなったお墓?が今まさに続々と出現しているのではと思われます。それもしょうがないと考えれば別に気にする必要はないわけですが、本当にそれで良いのかと考えると、何か釈然としないものを感じます。
   
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