疫病史観と新しい習慣

2020.4.9

 今日の毎日新聞朝刊に「疫病史観と新型コロナ」という記事が出ていました。人類の発展により、その生息区域が拡大し、そのために新たな疫病が発生。

 その疫病に対抗するため、人類が様々な施策を行うことによって、社会構造が変化し近代国家が生まれてきたという見方があるようで、興味深いです。

 というのも、今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、人類と言うと大げさですが、人間たちは必然的に感染防御のために当面3密を避けざるを得ない。

 という事はこれまで当たり前のようにやってきたハグによる親愛の表現も出来なくなり、密室に集まるような宗教儀式も危ない。

 さらにネットを見ていると取っ手やタッチパネルからの感染を予防するために、使いこなしてきた道具に触れないという不便が生じています。

 今日は、昼食後数日ぶりに近くの、本屋さんが併設されているスーパーに行ってきましたが、不要不急の外出自粛要請が出されているせいか、本屋さんは閑散。

 考えてみれば、もし欲しい本があるなら、あえて本屋さんに行かなくてもネットで注文すれば数日中に手に入る世の中になっています。

 本屋さんに行くのは、活字中毒の私の趣味みたいなもんですが、本屋さん内を歩いているだけで、様々な予期しない雑誌や書籍に出会えるという期待感もあります。

 しかしそういった期待感がなければ本屋さんの利用頻度は落ちそうです。
 
 さらにスーパーに行くと、こちらはそこそこ人がいましたが、平日のせいもあり、店内にいたのは50人程度?最近変わったなと感じるのがむき出しの総菜が減ったこと。

 1個1個丁寧に袋に入れられていたりします。ただ野菜等は剥き出しのものがあったりして、この辺は対応が難しいだろうなと思ってみています。

 そして一番変わったのがレジ。セルフレジが増えていることは分かっていますが、有人のレジであっても、クレジットカードで支払おうとすると、読み取りの機械を示されて、「そこのスロットに差し込んでください」と言われます。

 そうすることによって、店員さんと直接、手で現金やカードのやり取りをする必要がない。ちょっと心配なのは、クレジットカード支払いを選択するためのタッチパネルですが、これは会計後にすぐにアルコール消毒をすれば良さそう。

 さらに困るのは、カードスロットの場所や読み取らせ方がスーパーによって異なること。いつも戸惑います。とはいえ、3密を避け、接触感染を避けるという意識が徹底してくると、こういった当たり前の部分から、我々一人一人の生活習慣も変わってきそうです。

 コロナ、コロナと騒いでいるうちに、否応なく新しい生活習慣や価値感が生まれつつあるような気もして、冒頭の「疫病史観」は結構正しいなと感じざるを得ません。
  




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