早期退職にいたる経過 

 早期退職に至る簡単な経過は以下の通りです。

2009.2
妻の逝去
2009.4
体調不良や精神的な落ち込みはあったものの、息子がまだ中学生だったため、とりあえず、もう1年ぐらいは正規勤務をしながら、将来について考えようと決意
2009.6
退職希望者向けのセミナーが夏休みに開催されるということを聞いて申し込み
2009.8
セミナーに参加。退職金の具体的計算方法や、年金額の計算方法を教えてもらうことが出来、将来プランを考える上で大変役に立ちました。ただ退職の決心にはまだ至っていません
2009.9
来年度の人事異動に関する希望調査表配布。その後管理職(校長)と面接。(私の仕事は高校の教員でした)。校長は私の家庭内の事情についてあまり理解しておらず、話があまり噛み合わない。ただこの時点ではまだ退職するかどうかは不明。もう少し考えて12月までに返事をするよう言われる。

なぜ12月なのかというと、この月に最終的な意向が確認され、退職となると勧奨退職として扱ってもらえます。
2009.10
実家の母親に退職するかも、と言うことを連絡。これまでの経緯を知っているので、「しょうがないね」という感じだったが、「まったく働かないはちょっと」と言う言い方をされる。まあ確かに昼間からぶらぶらしているようではしょうがないなとも思っていました。

母親同様、これまで何かと相談にのってくれている親戚のおじさんにも連絡。驚いたようだが、これも事情を知っているので、特に反対はされない。(ちなみに父親は私が学生時代の時亡くなっています。その時の辛さを知っているので、私がこれで体調を崩して早めに動けなくなるようだと、息子が可哀想だという意識も強くあります)
 
さらに職場の同僚にそれとなく退職をほのめかす

もともとそれほど体力がないのに、こ2年間の妻の闘病生活を支えながら家事と職場の仕事をこなしてきたことを知っている同僚なので、体力的な問題を考えるとやむを得ないかもしれない、という反応でした。
2009.11
上旬、校長から再度意向を聞きたいという連絡。まだ決心はついていないものの、かなり退職に傾いたという考えを伝える。校長も、もし決心が固いようならやむを得ないという立場

中旬になって、夏に行われたセミナーの内容をもう一度復習するとともに、それまでの準備期間として作成してきた家計簿から、収入と支出の見通しの表を作成。早期退職によって生活が破綻しないかどうかを、シミュレーション。結果は「節約すればギリギリなんとかなる」というものでした。

もちろんこのシミュレーションには、最悪3年間(57歳で早期退職)何も収入がない場合どうなるか、と言うことも想定していました。

下旬になり校長へ退職の意向を連絡。退職金の支給に関する書類と退職願の用紙をもらい、11月末に提出。
2009.12
退職願を提出した以上、あとは淡々と仕事をこなすだけ。その間に、シミュレーションを繰り返し、3年間でまったく働かない場合、生活費の支出総額は1000万ぐらいになるということを把握

逆に少しでも働けば、その1000万が圧縮されると計算。その後は若干の年金支給があるため、なんとか生活できるだろうと確信
2010.3
同僚の先生方に退職するという連絡を行う。一方ぎりぎりになって、来年度の非常勤講師の仕事が見つかり、当面まったく何もしないという事態は避けることが出来た
2010.4
普通なら新学期の準備が始まりますが、まったく何も予定のない日が始まる

表紙に戻る 退職準備 退職金の額