どんな欲が何歳まで存在するのか

子孫を残すという使命を終えた高齢者の欲とは(2016.5.18)

 風邪はほとんど症状なし。ただ体内に残存ウイルスがいるのか夜は寝汗をかきます。ただしその量も少しずつ減っていますのです、要するにわずかずつですがよくなっているという事だと思います。

 昨日の夕飯から通常の食事というか、いつも通りビールを飲んで、その後は食事をしながら焼酎という、いつものスタイルに戻っています。

 当たり前のことですが、胃腸の調子が悪いと、食べ物を見ただけで胃のあたりがムカムカしてくるなんていうことになりますから、食べ物をおいしく食べられるという事は、実に大事なことなんだなと思います。

 結局人間にはいくつかの欲が常にあって、日常生活では意識するとしないとにかかわらわず、潜在意識的にその欲を満たす方向で行動しているような気がします。

 もちろん欲にもいろいろありますが、基本的には「子孫を残す」という生命最大の仕事のために、食欲や性欲、金銭欲や名誉欲があるのかなと思うようになっています。

 つまり食べないと健康が維持できないし、金銭欲や名誉欲によって自分の交友範囲が広がれば、より多数の伴侶を見つける可能性が広がるという事です。

 実にドライな考え方ですが、より強固な、より生物種として強い子孫を生むために、少しでも優れた遺伝子の組み合わせを獲得するために欲を満たすというのが生命の目標なのかもしれません。

 ここまでは論理的に類推できるのですが、ではそういった子孫を生み出す営みを終えた生命のあり方はどうなんだろうかと考えると、ここからが困ったことになります。

 つまりもうすでに単なる生物として用済みになってしまった高齢者にとって、欲とは、生きがいとは何かという究極の問題に突き当たります。

 幸いにして?、私はまだバンコク旅行に行って、若い女性との交流を楽しみたいという欲求があります。そういった欲求に対して、バンコクの女性はお金がらみかもしれませんが割と気軽に答えてくれるという環境が整っているため、ここのところバンコクに行く回数が増えています。

 しかしまだ私には未知の部分ですが、やがて若い女性にも興味をなくす時期がやってくるのでしょうか?私は父親を学生時代に失っているので(存命なら90歳ぐらいですが)、高齢になった父親像というのが想像できません。

 すでに存命の時の父親より私自身が年をとっているので、今や私の中の父親像は、私より若いという不思議な印象を持っています。

 さて、というわけで、この先私の欲はどうなるのか?欲があるうちは、「まだまだ頑張るぞ」という気持ちにもなれますが、その先が想像できません。


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