即時停止、時期を見て停止、再稼働
どれも一長一短有りますが・・・

規制委員会への原発再稼働申請について(2013.7.10)

 ツイッター等ネットの世界では原発問題が最近の一番の話題だそうです。その昔原発が作られ始めたとき、やはり原発への反対運動が起きました。

 私はちょうど教員成り立ての頃で、専門が物理でしたから、最初は原発の原理とはどんな物なのかということを調べ、ついでに旅行に行ったとき各地の原発を見に行きました。

 当時見に行ったのは茨城の東海村、福島、美浜、敦賀、浜岡あたりだったと思います。柏崎は建設中で、すぐ近くまで行きましたが、工事の雰囲気だけを見て帰ってきました。後に大飯にもいきましたが、かなり警戒が厳重で、入り口から引き返しました。

 各原発では、事前に得た知識を元に、最初に展示施設を見学。ここで安全管理は徹底しているというPRを見て回りました。係員さんがいるところでは、「理科の教員ですが施設を見学できますか」と申し出て、実際に内部を見せてもらったことがあります。

 実物の格納容器やタービンは想像以上に巨大な物で、それを防護する格納容器も堅牢に作られていると感じました。しかし案内をしてくれた方に、意地悪く「飛行機が落ちたらどうなりますか?」と質問をすると(若かったので、こんな偉そうな質問ができたのだと思いますが)、係の方がちょっと目を伏せて、「そんなことは起きませんから」と言ったのが、今も印象に残っています。

 万が一落ちれば大惨事は逃れられないという意味もあったのかなと思っています。そういった経験を通して、原発は危険だ。直ちに廃止した方がよいと思っていたのですが、その後の原発担当者や政策担当者による「原発はコストが低い」「何重もの防護がされているので安全だ」「日本の成長に電気は欠かせない」という論調と、実際に日本全体が震撼するような事故が起きなかったこともあって、「やっぱり日本には原発が必要なのかな」というように若干気持ちが変わっていたように思います。

 こういった感覚は結構多くの人が持っていると思うのですが、今回福島の事故が起き、そう言った漠然とした安全神話は脆くも崩れ去ったと私は思っています。

 福島の原発事故で被災された方がいまだに避難生活を送っている中で、規制委員会が作成した基準に則った形で再稼働申請が続々行われていますが、これは規制委員会の方がこれなら安全であろうと人為的に設定した基準であり、単に書類上安全であるというお墨付きが得られるという程度のものだと私は思っています。

 問題は、どんなに安全措置を施したとしても、人為的な原因または福島原発のような自然災害による事故が起きる可能性は否定できないと言うことです。

 今の再稼働の論理は、規制委員会が作成した安全基準をクリヤし、住民の理解を得られればという流れになっているようですが、理解を得られるように努力するというだけで、最悪理解を得られるように努力したけれども理解が得られなかったので政府の判断で再稼働したい、とするような方向性が見えるような気がします。

 これは沖縄へのオスプレイの配備と同じ論理ですね。地元の理解を得たいと言いながら最後は押しつけです。まあそれだけ電力事情が厳しいという実情もあるのだと思います。

 廃棄物の処理費用を気にしなければコストが安いと言えるのかもしれません。そしてそれが日本の経済にとってプラスになると考えている人もいるのだと思います。

 どこに妥協点を見いだせるのか?単に再稼働を叫ぶのではなく、せめて長期的な展望を示してもらいたいなと思います。

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