本当に外遊は必要なのか?

教員の研修制度と国会議員さんの外遊(2014.4.30)

 フルタイム時の私の仕事は高校教員でした。教員を目指した動機は、

・ 誰かの役に立ちたい
・ 職業として一定の評価を得ている
・ 収入は少ないかもしれないけれど安定している
・ 公務員なら身分保障制度も充実している
・ 教えることが面白そう

という前向きな考えの他に、夏休み等、長期休業があるので骨休めできそう、という若干後ろ指を差されそうな考えもありました。

 実際になってみると、上の四点はその通りでしたが、教えることは想像以上に大変で、中途半端な気持ちで出来るものではないということを思い知らされ、長期休業中の空いた時間に本屋さんに行き、さまざまな教育関連図書を購入し読み漁りました。

 文字通り教科の指導はもちろん、生徒指導の方法論、進路について、生徒の心理学、教育法規等々、当時購入した本の一部は、今でも本棚に並んでいます。

 一般的に教員の仕事は教えることであり、その内容は教科書に書かれている通りですから、極端な話教科書を読んで、問題をやって、答えを解説すれば最低限の授業にはなります。

 しかしより生徒が興味を持つようにとか、理解しやすいようにとか、生徒の学力に応じて、と言うようなことを考慮していくと、同じテーマの内容でも教え方は多岐にわたり、その中で最も効率的で分かりやすい教え方を毎回模索することが教員のプロ意識かなとも思っています。

 また、進路指導という観点から考えれば、教員になるような人はまじめに勉強し、そこそこ頭の働きも良かった人が多く、勉強が分からなくてどうしようもないと悩む生徒の気持ちが理解できない人もいて、その意味ではある程度人間的な経験の多寡が、教員としての資質を決めるなとも思っています。

 というわけで、正直に書くと、教員にとってはあらゆる経験が授業の糧になると思っています。私は旅行好きですから、あちこちに行きながら、各地の科学館や水族館、科学関係のテーマパークを覗いたり、その地の地形を自分の目で見たりすることが多かったです。

 もちろん、旅行ですから、夜は温泉に入り、一杯飲みながらおいしいものを食べるというのも当然です。でここからが第一の本題ですが、20年ぐらい前から公務員への風当たりが強くなり、夏休み中一部の教員は、勉強(研修)と称して遊びまわっている、これはおかしい、という風潮が出てきました。

 その結果、当初は休み中に年休以外で学校を離れる場合は研修届けを出し、内容が管理職に認められたら、その後に行ったことの報告書を作るという方法に変わりました。

 しかし世間の雰囲気は、まだまだ「ズルをしている」という意識が強く、管理職もその風潮に押されるように、公的な機関が行うような研修会以外の催しへの参加は年休で行きなさい、という指示が多くなり、結局自主的に行う研修と言うのは、現在ほとんどの教員が年休で参加していると思います。

 というわけで、自主的に勉強するのも大変な時代になったなあと感じているわけですが、今日、これを書いたもう一つの意図は、実はこのゴールデンウイークに多額の税金を使って外遊をする大臣が多数いると言うことを聞いたからです。

 これも国会議員としての研修の一つだと思いますが、だったら行く前にその目的を国民に向けて明らかにし、行った後はどのような成果があったのか、マスコミはキチンと報告させる義務があるのではないかなと思ったからです。

 そうでなければ、自費で休暇をとって行くべきだと思うのですがいかがでしょうか?当然同行させるSP等の費用も自分持ちになります。それでも外遊に行きたいかどうかが、研修内容を吟味する一つの尺度であるような気もします。

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