廃炉費用は誰が負担するのか?

慣性の法則と原発問題(2014.10.19)

 前ページで書いた記事ではリニア新幹線を具体例として書きましたが、本当はそれよりももっと巨大なプロジェクトである原発問題について書くつもりでした。

 今から40年ぐらい前、日本でも原発が稼動するようになりました。私がちょうど学生だった頃で、物理が専門ですから放射線は大丈夫なのか、と関心を持ち、ちょうど出来たばかりの原発をあちこち見に行き担当者から説明を聞いたりしました。

 当時の原発のキャッチフレーズは「安い」「安全」「大電力」だったと記憶しています。原発は1基造ると大きな電力を賄える。しかも場合によっては今後の科学の発展で核燃料サイクルというものが作られ、半永久的に電力を供給できると、各地の原発パビリオンに置かれたパンフレットに書いてありました。

 また使用済み核燃料については、再加工し、これもまた利用可能。原発の施設内で出た放射性物質を含むゴミは、ガラス固化という方法により固めて、地中深くに安全に保管するとなっていました。

 そういった様々なコストを火力や水力と比較すると原発は安い。さらに日本は資源がない国で、四方を海に囲まれているので、原発を作りやすい。

 その上、時あたかも日本がバブルに突入する前段階の時期で、経済発展には大きな電力が必要、というような説明がなされ、「本当に原発は安全なのか?」と疑問を持つ人が多数いたにも関わらず、徐々に原発プロジェクトが日本中に広がっていきました。
 

 ここまで書いたところで、そういえば地方に原発が出来れば資材運搬等のために立派な道路が出来、誘致に対する補助金が該当地区に振舞われ、多数の大きな施設が出来るという話しがあったなと思い出しました。

 さらに原発が出来れば雇用を生み出し、人が集まり、地方が活性化するなんていう、今の国会で話題になっている地方再生の話しも聞こえていたような気がします。

 その後いくつかの原発事故がありましたが、周辺に多量の放射線がもれたという事故がなかったためか、電力会社は国からの補助金があるのかどうかは知りませんが「原発は儲かる」と思ったらしく(国からの要請もあったのかもしれません)、各地に次々と原発が誕生。

 もうこうなってくると、多少の反対運動も何のその。巨大プロジェクトにありがちな慣性の法則により、ひたすら作り続けるという状況に陥っていたように思います。

 しかし最初の原発が出来てからすでに40年。当初は30年で廃炉になるはずだった原発を、いつの間にか40年に使用期限を延長し、誤魔化し続けていたところに東日本大震災

 突如原発問題が再認識され、ここに来て古くなった原発は廃炉にせざるを得ないという機運が盛り上がってきました。それはそれでいいのですが、何故か電力会社は「廃炉にするには金がかかる」と言います。

 これが実に不思議な論理です。原発は安い。ということは電力会社も儲かっているはず。であるなら耐用年数が30年とされていた原発を廃炉にするための費用を用意しておくのが当たり前です。

 しかし新聞の記事を読んでいると、そんな責任にはまったく触れず、電力会社には廃炉のための費用がない。そのためには電力料金の値上げか税金投入しかないと書かれています。

 ということは、もともと原発は廃炉費用や放射性廃棄物の処理費用を考えたら、安いエネルギーではなかったということです。安くもなく、安全でもないような、さらに放射性廃棄物の捨て場所も見つからないような原発ですが、それでも政府は再稼動しようとしています。

 その意図、本心はどこにあるのか?電力会社の救済?利権?ともかくなんか土木工事をしたい?リニアモーターカーもそうですが、どうも必要もないことにお金を掛け過ぎているような気がしてしょうがないです。


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