早期退職を夢見ていましたが

早期退職へのあまい誘惑

 仕事を初めて10年目もたてば、段々と責任ある仕事を任されるようになります。それと共に、仕事そのものへの不満や、上司に対する不満、将来への不安やゆとりのない毎日に徐々に神経がすり減らされ、「もう、こんな仕事はいいかな」と自問自答するようになります。

 そして周りを見渡せば、日本経済はバブルまっただ中(今から30年以上前の話しです)。物価は順調に毎年上昇し、私(公務員)の給料は置いてけぼりです。一方で銀行や証券会社では20代の社員が何百万円というボーナスをもらっているという、真偽のほどは定かでない噂が職場を飛び交っていました。

 「よしそれじゃ俺もいっちょう株でもやって、しこたま儲けるか」という思いはあるもの、先立つ資金がありません。誰それが何百万儲けたとか、投資したとかいう話しを、指を加えて羨ましげに聞くだけです。

 「いっそのこと、今の仕事をやめて、わずかばかりの退職金をもとに投資生活を送ってみるか」とも考えたこともありますが、それはあくまで考えるだけであって、先々のリスクを想像すると、とても踏み切ることは出来ません。

 しかし「早期退職」という4文字には、実に甘い響きがあります。あたかもバラ色の生活が待っているかのような錯覚を覚えます。「いつか俺も早期退職をするぞ」と決心するのが、当時の私にできる最高の決断でした。

 なお早期退職を夢見る理由はもう一つありました。それは私の父親が51歳で突然心臓の病気で亡くなったこと。死因は明らかに過労です。その時の自分の心境を振り返ると、自分は仕事のしすぎで体調を悪くするなんてことが起きないようにしよう、と思っていました。

平凡なる人生

 30歳近くになり、教習所の教官に嫌みを言われながらようやく免許をとり車を購入。もともと旅行好きだったので、その車で日本全国に行きました。しかし助手席には誰も乗っておらず、それが劣等感をくすぐります。

 ところがひょんな事から無事結婚し、子供が誕生。それまでのワンルームのアパートから賃貸住宅へ。さらに一軒家になり、住宅ローンを抱え、いつのまにやら早期退職は夢のまた夢。

 しかしながら、幼少の頃から病弱だった私と違って、妻の遺伝子を受け継いだのか、息子は特に大きな病気も怪我もせず、小学校から中学校に進み、来年はいよいよ高校受験。

 このまま無事定年まで勤め上げれば、なにがしかのまとまった退職金も手に入り、ローンの残金もそれで支払えるはず。夫婦仲も悪くなく、熟年離婚という言葉は笑い話になり、後は子供の成長を見守りながら、悠々自適の年金暮らし。折に触れて夫婦で仲良く旅行に行ければ大満足。そこそこ幸せの家庭生活となるはず。

 やがて年を取り、我が身は徐々に老いさらばえ、最後は妻に看取ってもらう、という円満?な筋書きを経て、振り返ってみれば、「早期退職なんかしなくて良かった」、という人生になるはずでした。

 ところが・・・・・・・・・


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