夢や人生の目標を改めて問い直す

2017.4.10

 昨日からの続きです。子供時代の夢は、その時その時の思い付きで他愛のないものが多いです。しかし高校に入り、大学に進学し就職するころになると、自分はどんな職業に就きたいんだろうと真剣に悩む人も多いのだと思います。

 また高校や大学進学そのものが、夢や人生の目標になっていた人も多いのではないでしょうか。そういった夢に対して毎日少しずつ努力して、ある場合はその夢がかない、ある場合は挫折ということを繰り返した結果が今の自分です。

 しかしうまく就職できた場合は、今度は職場での昇進や仕事の完成度が達成感となります。そういったことが他者から評価され、それが自分の昇進に結びついたりすれば、その喜びはさらに大きくなります。

 ちなみに職場での目標は、その会社全体の動きと同期していて、会社の売り上げを伸ばすこと自体が、その人自身の夢と一致していれば、喜びはより大きくなります。

 さてそうやって30年40年働き、いよいよ退職となります。退職後も嘱託として働くこともあるわけですが、これは会社のためというより自分自身の老後の生活を支えるためという側面が強くなる気がします。

 ここまで考えて気が付いたのですが、人生の目標は、子供の頃は自分で思いついた夢の実現であり、働き盛りになるとそれが、自分から思いついたことは少なくなり、会社や社会から依頼されたことが多くなるということです。

 従って人によっては本当にやりたかったことはこんなことじゃあないのにと悩み傷つく人もいます。しかしそれはそれとして、明確な目標が他から与えられるという構造は否定できません。

 ところが退職してフリーになると、基本的に「何をやってもいいよ」と言われるようになり、「これをやらないと会社が傾く」とか「売り上げをもっと伸ばそう」といった外的な動機がほとんどなくなります。

 早い話が目標や生きがい、夢の喪失です。ということはそれまで自分の人生について真剣に考えてこなかった人は、ここで「この先何をしたらよいかわからない」という気持ちになり、「人生すべてむなしい」と思えてしまいます。

 ではどうしたらよいのか。結局他人から提案されるのを待っているのではなく、自分自ら夢や目標を探し出し、それに向かって改めて少しずつ日々努力していくという姿勢しかないような気がします。

 老後の夢や人生の目標は、人から与えられるものではなく、自分で探し出すしかないんだということが最近少し分かってきました。そのためには情報量を増やし(つまり本を読んだりネットで検索したり)、いろいろなことに関心を持つということが必要なんだと思います。

 そうやって結論は出なくても、前向き、積極的に動いている状態を外から見れば、充実した人生(老後)を送って、瞳がキラキラ輝いているように見えるのだと思います。


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