与えられた環境でどのように努力するか

誕生日を迎えて感じたこと(2013.1.24)

 今日は私の誕生日でした。

 正直なところ、五体満足、ある程度の健康状態を維持してこの年齢に到達するとは思っていませんでした。

 私は生まれた直後から、かなりひどい湿疹に悩まされ(今で言うアトピー性皮膚炎だと思います)、それが3歳ぐらいからは当時は患者数も少なかった小児喘息に変わり、小学校時代は体育をよく見学していました。

 中学にはいると、喘息症状は徐々に軽くなっていったものの、再びアトピー症状が出て、高校、大学と悩まされました。

 そんなわけで、子供心に「俺は体力がない。いつも病気がちだ。きっと老い先短いに違いない」と思いこむようになり、だったらあんまり無理して生きるのはやめよう、と思っていましたので、ある意味筋金入りのお気楽人間です。

 さらに大学卒業直前に父が心筋梗塞で倒れたため、長男の私が家計を預かることになり、その頃はさすがに教員採用試験に向かって、真っ青になって勉強しました。

 その後の話は何回か書いていますが、結局お気楽人生を送るためには、常にその先の見通しを予想しながら、「まあこのくらいで良いかな」と決してサボるわけではないのですが、絶対に120%の力は発揮しないようにしてきました。

 ただし足りない分は、今もこのブログがそうですが、計画を作って効率的に、かつ時間をかけてコツコツと作り上げ、補てんするという感覚になっています。

 というわけで、20代の頃は貯金がほとんど出来ず、30代になってようやくお金が貯まり始めましたが、その後の結婚を機に自宅を建てましたので、いったん貯金の8割方が頭金で消失。

 40代は働き盛りと言われながら、それ相応の働き方に徹し、少しずつ貯金をして、繰上返済に励み、繰上返済によって浮いた分のお金をまた貯金に回すと言うことを繰り返し、返済計画のシミュレーションを何回も行い、60歳時には、退職金の一部でほぼ完済できるだろうと考えていました。

 その頃子供も生まれ教育費がかかるようになり、一時期貯金の比率は鈍りましたが、それでも月1万でも2万でも、場合によっては500円玉貯金をして、それを貯金に回すというようなことまでやってきました。

 50代にはいり、いよいよ目標が見えてきたなと思った頃妻が発症。私自身の生活もボロボロになりながらも、なんとか数年間がんばり続けましたが、結局体調不良で早期退職

 若いときの、「俺は虚弱体質だ」という思いこみが、早期退職の引き金になったとも言えます。ただそれまでにいろいろと将来のことを考え、ローンの繰上返済や貯金、節約意識というものを培ってきたことで、今ようやくお気楽生活に入りそうだ、という感触を得ています。

 偉そうに講釈を垂れているような気もしますが、要は現状分析と将来の予想を常に繰り返し、家計を把握し、与えられた環境の中で何を改善すればより充実した生活になるのかということを考えることが大事だと思っています。


表紙に戻る 生活設計 退職後の収入総額